「海外に住んでいるから日本の確定申告は関係ない」——そう思って数年放置した結果、税務署から連絡が来たという話を、マリーナベイ周辺の起業家界隈でたまに聞く。半分は笑い話として語られるが、実際にペナルティを食らった人の表情は笑っていない。
海外居住者の日本確定申告は、「必要か不要か」の判断軸が思ったより複雑だ。日本に不動産を持ち続けている人、日本法人の役員報酬を受け取っている人、日本の証券口座を保有している人。こういったケースで「どこまでが課税されるのか」をきちんと理解している人は、正直なところかなり少ない。
この記事では、海外居住者が日本の確定申告をすべきケース・不要なケースの判断基準から、非居住者特有の手続き上の注意点、実務でハマりがちなポイントまで整理する。税理士に丸投げする前に、最低限この記事で全体像を把握してほしい。
非居住者とは何か——「海外に住んでいる」だけでは判断できない
居住者・非居住者の定義(所得税法上)
日本の所得税法では、「居住者」と「非居住者」の区分が課税範囲を大きく左右する。
所得税法上の居住者とは、「国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」と定義されている(所得税法第2条)。これに該当しない個人が非居住者だ。
ポイントは「住所」の概念が、単純な住民票の有無ではない点。日本の税務当局は、「生活の本拠がどこにあるか」という実態ベースで判断する。海外に出ても、日本に家族が住んでいて頻繁に帰国している、日本に主たる事業の拠点がある——こういった場合は、住民票を抜いていても「居住者」と認定されるリスクがある。
実務でハマるのは、ここだ。「シンガポールに住んでいる」という事実だけでは非居住者認定の根拠として弱い場合がある。
「1年以上海外にいれば非居住者」は半分正解
税務署の実務判断では、1年以上継続して海外に居住している場合は非居住者として扱われることが多い。ただし、生活実態の審査が入るケースもある。
私がシンガポールへ移住した際も、住民票の抹消だけでなく、日本国内の契約類(携帯、賃貸など)の整理や家族の居住実態まで含めて整理した。面倒ではあるが、曖昧なままにしておくほうが後々リスクになる。
海外居住者が日本で確定申告が必要になる主なケース
非居住者であっても、日本国内に「源泉」のある所得(国内源泉所得)がある場合は、日本での課税対象になる。以下が代表的なケースだ。
日本国内の不動産所得・譲渡所得
日本に不動産を持ち、賃貸収入を得ている場合は確定申告が必要になる。
この場合、借主(賃借人)または不動産管理会社が賃料の20.42%を源泉徴収して納付する義務を負う。ただし、借主が個人であって、自己または親族の居住用として借り受けている場合は源泉徴収不要となる点に注意が必要だ。いずれにせよ、源泉徴収はあくまで「前払い」であり、実際の所得控除(減価償却、管理費等)を適用して税額を確定させるには確定申告が必要だ。申告しないと、本来より多く税金を払ったままになる。
不動産を売却した場合の譲渡所得も、日本で課税される。この場合も確定申告が原則必要だ。なお、非居住者が日本国内の不動産を売却する場合、買主には原則として譲渡対価の10.21%の源泉徴収義務が生じる。例外的に、買主が個人で自己または親族の居住用として購入し、かつ譲渡対価が1億円以下である場合に限り源泉徴収不要となる(国税庁No.2879)。いずれにせよ、売却前に税務専門家への確認を強く推奨する(2026年時点・国税庁ウェブサイト参照)。
日本法人からの役員報酬・給与
海外居住者が日本法人の役員を兼任し、報酬を受け取っている場合。原則として20.42%の源泉徴収が行われる。年末調整の対象外になるため、確定申告で精算するケースもある。
ここは会社側の処理と本人側の処理が噛み合っていないことがあって、あるあるなのが「源泉徴収はされていたが申告はしていなかった」というパターン。源泉徴収で完結する場合と確定申告が必要な場合の切り分けは、所得の種類・金額・条件によって異なるため、最新情報は税理士への確認を推奨する。
日本の金融資産からの所得
日本の証券口座で保有している株式の配当や売却益。非居住者の場合、日本の証券会社の特定口座は非居住者となった時点で原則として廃止となるため、居住者と同様の取扱いにはならない点に注意が必要だ。非居住者の上場株式譲渡は日本では原則として非課税だが、事業譲渡類似株式や不動産関連法人株式など例外的に課税される場合もある。配当については源泉徴収が行われ、租税条約の適用によって税率が軽減される場合がある。いずれも個別状況により扱いが異なるため、専門家への確認を推奨する。
申告が不要になるケース——誤解が多いポイント
| 所得の種類 | 源泉徴収の有無 | 確定申告の要否(一般的な判断) |
|---|---|---|
| 不動産賃貸収入(管理会社経由) | 20.42%源泉徴収あり(※借主が個人居住用の場合は不要) | 経費控除を受けるために申告推奨 |
| 日本法人からの役員報酬 | 20.42%源泉徴収あり | 原則として申告不要(源泉分離)だが要確認 |
| 上場株式の配当(非居住者・租税条約適用等) | 源泉徴収あり(税率は条約・条件による) | 条件により異なる。要確認 |
| 上場株式の売却益(非居住者) | 原則なし(例外あり) | 原則非課税だが、事業譲渡類似株式・不動産関連法人株式等は課税対象。要確認 |
| 一般口座の株式売却益 | なし | 申告必要(ただし非居住者は原則非課税。例外に注意) |
| 日本国外の所得(海外事業収益等) | なし | 非居住者は原則課税なし |
| 退職所得(日本法人からの退職金) | 20.42%源泉徴収あり | 原則申告不要(源泉分離課税)。ただし「退職所得の選択課税」制度により居住者と同様の計算を選択して還付を受けられる場合あり |
※2026年時点の一般論。個別状況により異なるため、国税庁の最新情報または専門家への確認を推奨。
源泉徴収で課税が完結するものは、確定申告をしなくていい場合が多い。ただし「源泉徴収されたから完結している」と思い込んでいると、申告することで税金が戻ってくるチャンスを逃すこともある。特に退職金については「退職所得の選択課税」制度を活用することで、源泉分離課税より有利な税額計算を選択できる場合があり、実務上見逃しやすい還付機会となっている。
納税管理人制度——海外居住者が知らないと詰む制度
納税管理人とは
海外居住者が日本で確定申告をする場合、本人が直接対応できない場面が出てくる。そのために必要なのが「納税管理人」だ。
納税管理人は、税務署との書類のやり取りや納税手続きを代理する人物。日本に居住する個人または法人が担える。家族でも、税理士法人でも構わない。
これを選任しておかないと、税務署からの通知が届かず気づかないまま滞納——という最悪のパターンに陥る。
e-Taxの活用
最近は、納税管理人を通じずとも、e-Taxと国税電子申告・納税システムを使えば日本国外からでも申告できる環境が整ってきた。マイナンバーカードのオンライン利用環境があれば、海外からの申告も理論上は可能だ。ただし実務上の手続きは環境によって異なるため、実際に試す前に国税庁の最新ガイダンスを確認してほしい。
シンガポール在住経営者の視点——日星租税条約の使い方
シンガポール在住者なら知っている話だが、日本とシンガポールの間には租税条約(二重課税防止条約)が締結されている。これを適切に活用することで、同じ所得に対して日本とシンガポールの両方で課税されるという二重課税を回避または軽減できる。
たとえば、日本法人からの配当に対する源泉徴収税率は、租税条約を適用することで通常の20.42%から、議決権株式25%以上を6か月以上保有している場合は5%、それ以外の配当は15%に軽減される場合がある。この「軽減税率の適用」は自動的には行われない。支払者側(日本法人等)への「租税条約に関する届出書」の提出が必要で、これを怠ると通常税率で源泉徴収されたまま放置される。
正直なところ、この手続きを漏らしている経営者は少なくない。特にシンガポール移住直後で手続きが立て込んでいる時期に抜けがちだ。
M&Aで日本法人を買収する場合にも、この租税条約の適用関係は事前に整理しておく必要がある。私自身、上場企業の買収プロセスで税務デューデリジェンスを経験したが、非居住者オーナーの課税関係は想像以上に複雑な論点が出てくる。ここは日本とシンガポール双方の税務専門家を入れることを強く勧める。
よくある失敗例と注意点
「住民票を抜いたから大丈夫」という思い込み
先述したとおり、住民票の抹消は非居住者認定の必要条件ではあっても十分条件ではない。日本に実質的な生活拠点や事業拠点が残っていると、課税上の「居住者」と判断されるリスクがある。
出国時の「国外転出時課税」を見落とす
2015年7月に導入された国外転出時課税制度(通称「出国税」)。1億円以上の有価証券等を保有した状態で日本から出国する場合、含み益に課税されるというものだ。なお、適用対象となるのは、国外転出日前10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超える居住者に限られる点も押さえておきたい。対象資産の確認と事前の税務相談は必須。これを知らずに移住した人が後から気づくケースは、今でもある。
確定申告期限の認識ミス
日本の確定申告期間は原則として2月16日〜3月15日(国税庁の定める期間)。ただし、2026年に行う令和7年分の申告については、3月15日が日曜日にあたるため、期限は翌日の3月16日(月)となる。海外に住んでいると「自分には関係ない」と思いがちだが、日本国内源泉所得の申告義務がある場合はこの期限が適用される。延滞税・加算税のリスクを避けるためにも、カレンダーに入れておくべきだ。
日本の証券口座を放置したまま非居住者になる
金融機関によっては、口座名義人が非居住者になった場合に口座の利用制限や強制解約が発生するケースがある。移住前に各金融機関のポリシーを確認することを勧める。2026年時点でも、この対応は機関によってバラバラなので要確認だ。
個人的な意見——申告の「手間コスト」をどう考えるか
ぶっちゃけ、海外居住者の日本確定申告は「やるべきかどうか」の議論よりも「どう効率化するか」の議論をしたほうがいい。
日本に不動産や株式を保有している経営者にとって、申告は避けられない作業だ。でも年間の税務コスト(税理士費用込み)と還付・節税効果を比較すれば、申告して損するケースはほとんどない。特に不動産の減価償却を適切に計上すれば、課税所得を圧縮して実際の手取りが増えることもある。
私は「申告はコストではなく、税務ポジションを最適化する機会」と捉えている。ただしこれは、ある程度の資産規模がある場合の話で、日本国内源泉所得がほとんどない人は確かに「そこまでするか」という話になる。自分の状況に合わせた判断が必要で、ここは個人差がある。
まとめ——迷ったら動く前に専門家に聞く
海外居住者の日本確定申告を整理すると、以下の3点が核心になる。
- 非居住者かどうかの判断は住民票だけでなく「生活実態」で決まる
- 日本国内源泉所得(不動産・役員報酬・一部の金融所得等)は非居住者でも課税対象になりうる
- 租税条約・納税管理人制度を活用することで、手続き負担の軽減と税負担の最適化が可能
「どうせ大した額じゃない」と放置するのが一番リスクが高い。税務署は静かだが記憶力がいい。
もし「自分のケースはどうなるんだろう」と思ったなら、ぜひ以下のLINEから相談してほしい。私自身の経験も踏まえながら、まず何を確認すべきかの整理をお手伝いできる。
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