シンガポール ファミリーオフィス 13O・13Uとは?日本人経営者が知るべき税制優遇スキームの全貌

Photo of Singapore CBD during Golden Hour

「シンガポールでファミリーオフィスを作れば税金がゼロになる」——そういう話を聞いたことがある人は多いと思う。正直、私もシンガポールに移住してから何度この話題を周囲の経営者から持ちかけられたかわからない。マリーナベイ周辺のビジネス界隈では、ファミリーオフィスの話はもはや定番ネタだ。

ただ、「ゼロになる」は厳密には正しくない。正確には「適格投資収益が法人税免除になる」スキームであり、そこに到達するまでの要件が、2022年以降かなり厳格化されている。

この記事では、シンガポール ファミリーオフィスの中核をなすSection 13O(旧13R)Section 13U(旧13X)の両スキームについて、制度の概要・要件・違い・実務上のポイントを整理する。日本人経営者がこの仕組みを検討する際に「実際のところ何が必要で、何が難しいのか」を、現地在住者の肌感覚も交えながら書いていく。制度の細部は税理士・弁護士に必ず確認してほしいが、まず全体像を掴むための読み物として活用してほしい。


目次

ファミリーオフィスとは何か、改めて整理する

「ファミリーオフィス」という言葉の定義があいまいな件

ファミリーオフィスには明確な法的定義があるわけではない。広義には「富裕層一族の資産を一元管理する専用の組織・法人」のことを指す。シングルファミリーオフィス(SFO)は1つのファミリー専用、マルチファミリーオフィス(MFO)は複数ファミリーを横断的に管理する。

シンガポールのMAS(金融管理局)は、SFOに対してはファンドマネジメントライセンスの取得を原則免除しているが、MFOは原則としてライセンスが必要になる。この違いが、13O・13Uの活用スキームに大きく影響してくる。

シンガポールがファミリーオフィスの集積地になった理由

シンガポールにファミリーオフィスが集まる理由はいくつかある。キャピタルゲイン非課税、相続税ゼロ、政治的安定性、英語環境、金融インフラの整備——これらは教科書的に言われることだが、加えて「Section 13O・13Uという法人税免除スキームの存在」が機関投資家・超富裕層を引き寄せた最大の要因の一つだ。

2023年末時点でシンガポールには税制優遇を付与されたファミリーオフィスが約1,400に達し(2024年8月末時点では1,650超)、アジア有数のウェルスハブとしての地位を確立している。


13OスキームとはSection 13Oのこと——旧13Rから何が変わったか

スキームの基本構造

Section 13O(所得税法13O条)は、MAS認定ファンドマネジャーが運用するシンガポール居住ファンドの適格投資収益を法人税免除にする制度だ。対象は株式、債券、デリバティブ等の幅広い金融商品だが、すべての収益が免除されるわけではなく、「適格投資(designated investments)」から生じる「特定の収益(specified income)」に限られる。

2022年4月の要件改定前は「13R」と呼ばれていたが、現在は13Oに統合・再編された。

2022年・2023年改定で厳格化された要件(2026年6月時点)

2022年4月18日および2023年7月5日のMAS・IRAS(シンガポール内国歳入庁)によるガイドライン改定は、業界に相当な衝撃を与えた。特に2023年7月の改定では2年間の猶予期間の撤廃など、さらなる厳格化が行われている。主な要件は以下のとおり。

  • 最低運用資産(AUM):申請時および全期間を通じて20百万SGD(約20億円)以上が必要。2023年7月5日以降、以前あった「申請時10百万SGD、2年以内に20百万SGDへ拡大」という猶予期間は撤廃された
  • 投資専門職(IP)の雇用:シンガポール税務居住者の投資専門職を2名雇用。うち1名以上は最終受益者の家族メンバーであってはならない
  • 事業支出(Local Business Spending):AUM規模に応じた階層制(Tiered Spending Requirement)が適用される。AUM 50百万SGD未満:年間最低200,000 SGD、AUM 50〜100百万SGD:年間最低500,000 SGD、AUM 100百万SGD超:年間最低1百万SGD
  • Capital Deployment Requirement(CDR):AUMの10%または10百万SGDのいずれか低い方を、シンガポール関連の適格投資(シンガポール上場株式、適格債務証券、MAS認定ファンドマネジャー経由のファンド、シンガポール非上場企業のPE投資等)に配分することが必要
  • ファミリーメンバーの投資参加:非ファミリーの投資家が一定比率以上参加する場合、追加要件が課される

正直、この「2名の投資専門職雇用(うち1名は非家族メンバー)」というハードルは高い。給与水準を考えると、年間で少なくとも相当のコストが人件費だけでかかることも珍しくない。小規模なファミリーオフィスにとっては、運営コストが税メリットを上回るケースもある。ここは私も「割に合うかどうか」を慎重に見極める必要があると感じる部分だ。


13UスキームはSection 13Uのこと——13Oとの違いを正確に理解する

13Uの位置づけ

Section 13U(旧13X)は、13Oより大型の運用資産を前提とした機関投資家向けスキームだ。シングルファミリーオフィスだけでなく、外部投資家を含むファンドにも適用できる柔軟性がある。

2026年6月時点の主な要件:

  • 最低AUM:50百万SGD(約50億円)以上(申請時および期間中)
  • 投資専門職(IP)の雇用:シンガポール税務居住者の投資専門職を最低3名雇用。うち1名以上は家族メンバーであってはならない(申請時および期間中)
  • MAS承認ファンドマネジャーによる運用:必須
  • 事業支出:AUM規模に応じた階層制が適用(13Oと同一基準:AUM 50百万SGD未満:200,000 SGD、AUM 50〜100百万SGD:500,000 SGD、AUM 100百万SGD超:1百万SGD)
  • Capital Deployment Requirement(CDR):13Oと同様に適用
  • 適格投資家限定:ファンドへの投資家は原則として「適格投資家(accredited investor)」以上

13Oと最大の違いは、「外部投資家を入れられるかどうか」と「最低AUMの水準」、そして「投資専門職の必要人数(13O:2名、13U:3名)」だ。純粋にファミリー資産を管理するだけなら13Oで十分なケースが多いが、将来的に外部資本を受け入れてファンドとして運営したい場合は13Uを選ぶことになる。


13Oと13Uの比較表

実務で一番混乱するのが両スキームの違いだ。以下にまとめる。

比較項目 Section 13O Section 13U
最低AUM 20百万 SGD(申請時・全期間) 50百万 SGD(申請時・全期間)
外部投資家の受け入れ 原則ファミリーのみ 可(条件あり)
投資専門職(IP)雇用数 最低2名(うち1名以上は非家族メンバー) 最低3名(うち1名以上は非家族メンバー)
雇用要件の性質 シンガポール税務居住者であること シンガポール税務居住者であること
Local Business Spending AUM規模に応じた階層制(200K〜1M SGD/年) AUM規模に応じた階層制(200K〜1M SGD/年)
Capital Deployment Requirement AUMの10%または10百万SGDのいずれか低い方 AUMの10%または10百万SGDのいずれか低い方
主な活用層 中〜大規模ファミリー 超大型ファミリー・機関投資家
ライセンス要件 MAS認定マネジャー必須 MAS認定マネジャー必須
税免除対象 適格投資収益 適格投資収益

※上記は2026年6月時点の一般的な要件整理。最新の詳細はIRAS・MAS公式ガイドラインを必ず確認すること。


シンガポール在住経営者の視点:ファミリーオフィス設立を現実的に考える

「作れるかどうか」より「作る意味があるかどうか」

ぶっちゃけて言うと、シンガポール ファミリーオフィスを設立することは、資産規模や経営状況によっては「やりすぎ」になる。

私自身、M&Aで上場会社を買収した経験があるが、その過程でわかったのは「スキームの複雑さとコストは資産規模に比例すべき」ということだ。年間の運営コスト(雇用・法務・会計・コンプライアンス)を合計すると、13Oでも最低で年間相当額になることは珍しくない。これを回収するには、相当の運用資産と税効率の差が必要になる。

AUM 20百万SGD前後の段階では、ファミリーオフィスのスキームを使わなくても、シンガポールのキャピタルゲイン非課税・相続税ゼロという基本的な税制メリットだけで十分という見方もある。ここは私の個人的な意見だが、スキームより先に「なぜシンガポールに資産を置くのか」の整理をすべきだと思っている。

日本の税務との関係を忘れてはいけない

日本人経営者がよく見落とすのが、日本の税務居住者ステータスとの関係だ。シンガポールでファミリーオフィスを設立しても、日本の税務上の居住者のままであれば、日本の税法(外国子会社合算税制=タックスヘイブン対策税制)の適用を受ける可能性がある。

2026年4月時点のルールでは、日本の居住者・内国法人が支配する外国法人については、一定条件下で「特定外国関係会社」として合算課税の対象になり得る。シンガポール ファミリーオフィスの税免除メリットが、日本サイドで課税されることで実質的に帳消しになるケースも存在する。これは専門家でも見解が分かれる複雑な領域なので、必ず日本・シンガポール双方の税務専門家に確認してほしい。


よくある失敗例・注意点

失敗パターン① 要件を満たしているつもりで実態が伴っていない

シンガポール在住者なら聞いたことがあるあるなのが、「形式上は要件を満たしているが、実際の意思決定や運用活動がシンガポールで行われていない」ケースだ。MASのガイドラインでは、ファンドマネジャーの実態的な活動がシンガポールで行われることが前提となっている。オフィスを借りて書類を整えるだけでは不十分で、実際のポートフォリオ判断・会議・コンプライアンス管理をシンガポールで実施することが求められる。

形式と実態の乖離はMASの検査で問題になり、スキームの適用取り消しにつながるリスクがある。

失敗パターン② AUM要件をクリアできなかった

13Oの要件は申請時から全期間を通じて20百万SGD以上の維持が必要だ。相場変動で資産が減少するリスクも含め、継続的に要件を維持できるかを事前に試算しておく必要がある。

失敗パターン③ 設立後のコンプライアンス負担を過小評価する

毎年のMASへの申告、IRASへの税務申告、年次レビュー——これらのコンプライアンスコストは設立コスト以上にかかることがある。「設立したはいいが、維持のために毎年多額のコストがかかり続ける」という状況に陥る経営者は少なくない。

実務でハマるのは「申請時に頼んだアドバイザーと、維持・運営を担うアドバイザーが別になってしまい、情報が断絶する」パターンだ。最初からトータルで管理できる体制を作っておくことが重要。

失敗パターン④ 「節税のため」だけに設立して出口が見えなくなる

ファミリーオフィスはあくまで「資産管理・運用のための器」だ。節税を目的に設立しても、運用実績が振るわず、かつコストだけが積み上がる状況は避けたい。設立前に「この器でどう運用するか」のプランが必要だ。


申請・設立の実務フロー概観

ステップ1:スキームの選定とフィージビリティ確認

まず13Oか13Uかを選定し、AUM要件・雇用要件・支出要件・CDR要件を自社の状況で満たせるかを確認する。日本の税務上の居住性・タックスヘイブン対策税制との関係も同時に確認すべきだ。

ステップ2:ファンドストラクチャーの設計

Variable Capital Company(VCC)や有限責任パートナーシップ(LLP)等、シンガポールで活用できるファンドの法的形態を決定する。VCCは2020年に導入された比較的新しい形態で、ファミリーオフィス用途でも採用が増えている。

ステップ3:MAS認定マネジャーとの契約とACRA登録

ACRA(企業規制局)への会社登録、MAS認定ファンドマネジャーとの契約締結を行う。2026年4月のACRA改正後は一部書類要件が変更されているため、最新情報を確認されたい。

ステップ4:IRASへの税制優遇申請

適格性審査を経て、IRASから条件付き承認書(In-principle approval)を取得する。通常、数ヶ月の審査期間がかかる。


まとめ——私はどう見るか

シンガポール ファミリーオフィスの13O・13Uスキームは、適切な規模と実態を伴えば非常に強力な資産管理・節税ツールだ。ただし、「誰にでも向く」わけではないし、「設立すれば完結」でもない。

個人的には、まずシンガポール移住・事業設立という基本的なステップを踏んだ上で、AUMが一定規模に達した段階でファミリーオフィスを検討するのが現実的な順序だと思っている。制度の恩恵を最大化するには、日本側の税務・法務との整合性を含めたトータル設計が不可欠だ。

「どちらが正解か」は資産規模・家族構成・事業状況によって変わる。私は13O派か13U派かと聞かれたら「その人の状況次第」と答えるしかないが、それはまったく誤魔化しではなく、本当にケースバイケースの領域だと感じている。


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※本記事は一般的な情報提供を目的としており、税務・法務・投資判断は必ず専門家にご相談ください。情報は2026年時点のものであり、法改正等で変更される場合があります。

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この記事を書いた人

神田 隆司(かんだ りゅうじ)|シンガポール在住20年。学生時代に渡星し、その後永住権を取得。金融業界でのマーケティング経験を持ち、現在は現地で複数の事業を運営する経営者。海外法人設立・M&Aの実務経験を持ち、海外資産運用・国際税務・移住の実情を経営者目線で発信。

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